コロナ禍の折、わが家では漫画やアニメを楽しむ時間が増えました。『SPY×FAMILY』は、その頃出会った作品の一つです。累計発行部数は4200万部超え、2023年公開の劇場版は観客動員数464万人超え、世代も国境も超えて今も大人気のホームコメディです。物語の中心は5歳の女の子アーニャ。孤児院育ちでちょっと世間知らず、勉強は苦手で言葉もたどたどしい。そんな彼女の名言としてSNSなどによく引用されるのが、今回ご紹介する言葉です。ある時は飼育舎から脱走した牛さんを手で撫でながら、またある時は、ハイジャックされたバスの中でふるえる友の手をとりながら

「だいじょうぶます、こわくない」。

文法はめちゃくちゃです。正しい日本語ではありません。解決策もなく、なぜ大丈夫なのか、どうして怖くないのか、何も語られていません。それでも、この幼子の素直で健気な寄り添いの言葉に、どこか力強さや理想の慈悲を感じて、私は胸の奥があたたかくなるのです。

仏教では、慈悲の「慈」は楽を与えること(=与楽)、「悲」は苦を抜くこと(=抜苦)と説かれます。さらに阿弥陀様による「大慈悲」は、我々凡夫のそれとはちがい、条件や取引のない、どこまでも大きく限りない、十方衆生みんなに届く慈悲です。

真宗の祖親鸞聖人は『正信偈』の中でこの大慈悲を紹介する善導大師の言葉を引用されています。「大悲無倦常照我」大慈は、倦きこと(うきこと=飽きる・疲れる・嫌気がさすこと)なくして、常にわれを照らしたまふどれほど私が迷い、煩悩の雲霧に覆われていても、如来の大悲は常にこの私を照らし続け、寄り添い続けていると教えてくださいます。

「大丈夫」は仏教に関連する言葉です。仏さまをたたえる十種の呼び名「十号」の中に「調御丈夫(じょうごじょうぶ)」とあり、人々を正しく教え導く「巧みな調教者」を意味してします。現在では「間違いがない」「心配ない」「健康で頑丈である」といった意味で使われるようになりましたが、本来「大丈夫」は、仏さまの別名です。「丈夫」に「大」を添えることで、何があっても揺るがない、強くすぐれた存在を讃える言葉として用いられてきました。私たちの人生は、たくさんの「こわい」に満ちています。お金の不安、仕事や勉強の不安、病の不安、別れの悲しみ、死への恐怖、「私はこれでいいのか」という出口の見えない迷い……。

「こわい」にとらわれると、私は人の声が届かなくなり、仏さまの呼びかけも疑い見失いがちです。語源どおりに本当の意味で「大丈夫」なのは阿弥陀様であり、私たち人間は「煩悩具足の凡夫」、誰一人として本当は、大丈夫ではないのでしょう。それでも揺るぎない仏さまは、倦きことなく、抜苦与楽のはたらきをもって、今もこの私に寄り添い照らし続けてくださいます。

「南無阿弥陀仏」の名号は「私にまかせよ、必ず救う」という阿弥陀様から私たちへの呼び声であり、お念仏はお浄土からの仏さまのはたらきであると教えにも説かれています。だから、ほら、お念仏申せば、「だいじょうぶます こわくない」。大丈夫な仏さまが、大丈夫になれない私たちに、いつも寄り添ってくださっています。

江戸川本坊 大畠鎌児/釋水楽